楠藤吉左衛門【袋井用水】

阿波の大地を潤した用水の開拓者、楠藤吉左衛門は私財を投じて村人を救いました。

生い立ちと時代背景

承応元年(1652年頃)、阿波国名東郡島田村で生まれた楠藤吉左衛門は、地主の家に育ちます。村の庄屋や肝煎として村政を担うようになり、江戸時代前期の阿波は吉野川の氾濫や干ばつに悩まされます。当時の農民たちは年貢を納めながら不作に苦しみ、貧困が広がっていました。吉左衛門はこの現実を見て、灌漑用水の必要性を強く感じます。

袋井用水の開削

元禄12年(1699年)、吉左衛門は鮎喰川堤防沿いに水源を見つけ、私財を投じて袋井用水の建設を始めます。水源発見は数年の調査の成果で、袋状の地形からその名がつきます。この用水は島田・庄・蔵本の三村約200町歩を潤し、干ばつを防ぎます。村人たちの協力で工事を進め、吉左衛門の指導で成功します。

信仰と功績の顕彰

四国八十八箇所霊場を巡礼し、享保5年(1720年)に国分寺に結願奉納碑を建立します。
享保9年(1724年)に72歳で亡くなりますが、子孫が用水を拡張し、現在も使われています。
水源地と楠藤翁頌徳之碑は徳島県指定文化財となり、功績を伝えています。

後世への影響

吉左衛門の事業は農民主導の治水のモデルとなり、徳島の農業発展に貢献します。私利を捨て村益を優先した姿勢は、地域開発の原点です。地元で今も尊敬されています。

もっと知りたい方へ

Wikipedia: 楠藤吉左衛門
国土交通省: 楠藤吉左衛門と袋井用水
農業農村工学会: 袋井用水の創設者