菊池楯衛は、青森県のりんご産業を築いた偉人です。津軽の地に西洋りんごを根付かせ、果樹栽培の基礎を広めました。
生い立ち
弘化三年二月二日、現在の青森県弘前市鷹匠町の武家に生まれました。幼い頃から聡明で、花や木を愛する少年でした。しかし武士の身分では農業が禁じられ、自由に学べませんでした。明治維新後、県庁の勧業課で働き始め、新時代への道を歩み出します。
りんごとの出会い
明治八年、国から届いた文書で西洋りんごの長期保存を知り、衝撃を受けました。当時の日本りんごは保存が効かず、違いに目を見張ったのです。津軽の旧士族に無料苗木を配布し、試作を促しました。これが青森りんごの第一歩です。
独学と修業
三一歳で単身北海道へ渡り、アメリカ人技師から接木や苗木仕立てを学びました。東北各地を巡り、青森の気候がりんごに最適と確信。埼玉から大量苗木を買い入れ、仲間へ分け与えました。「りんご栽培は人づくり」との信念で、朝早く訪れる農民にも親身に指導。
化育社の設立
帰郷後、化育社を組織し、学んだ技術を無償で伝えました。農書閲覧所も開設し、知識の共有を進めました。弘前城の荒廃を憂い、明治一五年、一千本以上の桜を植樹。現在、全国有数の桜の名所を残しています。
功績と晩年
彼の努力で青森は日本一のりんご産地へ。欲を捨て、人を育てる姿勢が支えました。大正七年四月八日、七二歳で没。津軽の誇りとして今も語り継がれます。
もっと知りたい人のためのリンク集

