近江屋甚兵衛【海苔養殖】

江戸後期に海苔養殖の開拓者として知られる近江屋甚兵衛は、千葉県君津市で上総ノリの誕生に大きく貢献しました。彼の不屈の努力が、現代の海苔産業の基盤を築いたのです。<>

幼少期と商人の道
1766年、明和3年に江戸四谷で生まれました。11歳の頃から海苔問屋の見習いとして働き始め、やがて江戸で海苔商「近江屋」を営むようになります。当時の海苔は自然に採れるもので、供給が不安定でした。甚兵衛は商売の中で養殖の可能性に着目し、研究を重ねていきます。妻と子を早くに亡くす苦難もありましたが、商売を続けながら新しい技術を模索しました。<>

養殖への挑戦
55歳の文政4年、甚兵衛は江戸の店を畳み、上総の各地を歩きます。海苔養殖には「ヒビ」と呼ばれる木の枝を海に立ててノリを付着させる方法が必要でしたが、漁の邪魔になると各地の名主から断られ続けます。浦安、市原、木更津を回った末、君津市人見村の名主に俳句仲間を通じて許可を得ました。人見の遠浅の海は河川の栄養が豊富で適地でした。<>

成功と上総ノリの誕生
1822年、文政5年、試行錯誤の末に養殖に成功します。これが千葉県初の上総ノリです。江戸で評判を呼び、沿岸に養殖場が広がりました。甚兵衛の功績は1844年の死後も続き、君津は一大産地となります。しかし、後に名主の独占をめぐる争いも起き、地域の漁業発展に影を落とすこともありました。<>

後世への影響
甚兵衛の像が立つ君津市漁業資料館では、彼の道具や記録が今も展示されています。ノリは冬の重労働でしたが、上質な味で江戸の人々を魅了しました。彼の情熱は、郷土の誇りとして語り継がれています。<>

もっと知りたい方へ
コトバンク:近江屋甚兵衛
君津市漁業資料館紹介
海苔に捧げた甚兵衛の海