池田源兵衛は、江戸時代前期に津軽藩に仕えた漆工であり、「津軽塗の祖」と称される人物です。
若狭小浜から津軽に移り住み、独自の変わり塗技法を案出して、現在に続く津軽塗の基礎を築きました。
若狭から津軽へ
初代池田源兵衛は、天和年間(1681年頃)に若狭国小浜(現在の福井県小浜市)から津軽藩に招かれた漆工でした。当時の小浜藩の塗師たちは「若狭塗」と呼ばれる変わり塗技法を用いて漆器を製作しており、源兵衛もその技術を身につけていました。津軽藩主・津軽信政に抱えられて津軽に移り、漆師頭となりました。
唐塗りの発見
二代目池田源兵衛(源太郎)は、父の遺志を継いで漆芸の修業に励みました。宝永元年(1704年)、江戸の蒔絵師・青海太郎左衛門のもとで8年間修業し、青海波塗をはじめとする最先端の技法を習得して帰国しました。偶然の発見から案出したのが、世にいう「唐塗り」です。これは色漆を何層にも塗り重ね、研ぎ出して平滑に仕上げる技法で、独特の斑紋が特徴です。
津軽塗の確立
二代目源兵衛が確立した技法には、以下のようなものがあります。
・唐塗り(色漆の重ね塗りと研ぎ出し)
・魚子塗り(ななこぬり)
・虫喰い塗り
・しもふり塗り
これらの技法は他の塗師たちを圧倒し、源兵衛は津軽における漆工の主流を占めるようになりました。
現代に続く伝統
池田家は代々「源兵衛」を名乗り、津軽藩の漆師頭として活躍しました。源兵衛が伝えた津軽塗の技法は、現在も青森県の伝統工芸として受け継がれ、国の重要無形文化財に指定されています。弘前市を中心に多くの職人が、300年以上の歴史を持つ技術を守り続けています。
もっと知りたい人のために
弘前市 ゆかりの著名人
青森県 津軽塗

