エドウィン・ダン【酪農】

エドウィン・ダンは、明治時代に北海道の畜産業・酪農業の発展に多大な貢献を果たしたアメリカ人技術者です。

「北海道酪農の父」と称され、その功績は現在もエドウィン・ダン記念館に残されています。

生い立ちと来日の経緯
エドウィン・ダンは1848年、アメリカ合衆国オハイオ州チリコシーに生まれました。父や叔父が経営する牧場で幼少期から牛や馬の扱いを学び、畜産の知識と技術を身につけました。マイアミ大学で学んだ後、1873年に明治政府との間で雇用契約を結び、開拓使の技術指導者として来日しました。渡日の際には、14台の貨車を用いて92頭の牛、100頭の羊、農耕具を日本へ輸送するという熱意を見せています。

北海道での主な功績
ダンは北海道において、次のような画期的な事業を推進しました。
・真駒内牧牛場の設立と運営
・バター、チーズ、練乳などの乳製品製造技術の指導
・ハムやソーセージの加工技術の伝授
・馬の去勢技術の導入による馬匹改良
・真駒内用水路の建設提案と実現
・北海道初の西洋式競馬場の設計

日本への永住と晩年
1875年、ダンは函館で出会った日本人女性ツルと結婚し、日本に永住する決意を固めました。1883年に開拓使が廃止された後は、アメリカに帰国しましたが、翌年にはアメリカ公使館二等書記官として再来日。1893年には公使に昇進し、日清戦争の和平交渉にも尽力しました。公使辞任後は民間企業に勤務し、1931年に東京で82歳の生涯を閉じました。

もっと知りたい人のために
札幌市 エドウィン・ダン記念館
Wikipedia エドウィン・ダン
農林水産省 土地改良偉人伝

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